俳句・川柳

読売新聞朝刊より 長谷川櫂編

人はむかし 嵐の中に 帆柱を 切り倒すべく ちからあわせき 小池光

夏の月 御油(ゴユ)より出て 赤坂や      芭蕉

イタリアの 旗をかかげし ヨットかな      今井杏太郎

町中の山や 五月の のぼり雲          丈草

潮に迷うた 磯の細道              閑吟集

打水の ころがる玉を みて通る         飯田蛇笏

渡り懸けて 藻の花 のぞく 流哉        凡兆

扇風機 大き翼を やすめたり          山口誓子

風になびく 富士の煙の 空にきえて 行方も知らぬ 我が思ひかな  西行

無類なる 強き心を 愛として 見て見ぬふりに いまししよ 父 窪田章一郎

黒栄(クロハエ)や 浪に打たれて 天の在り   野村喜舟
(南風:はえ)

たれかまた 花橘に 思ひ出でん われも 昔の人となりなば  藤原俊成


玉の緒の そのしだり尾や 長命縷  吉田冬葉    チョウメイル
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む 柿本人麻呂

春は花 夏 ほととぎす 秋は月 冬 雪さえて すずしかりけり 道元

薫風や 蚕は吐く糸に まみれつつ  渡辺水巴

母がりや すでに 葭戸(ヨシド)に なってゐし 加藤みき (母がり:母のいるところ、実家)

耕すや一鍬(ヒトクワ)ごとに砂埃   松崎鉄之助
中国の内モンゴル辺りでのことらしいが、関東でも2月3月には、カラカラで強風が吹くことがある。この時には砂埃がひどい。窓を開けていると家の中にまで入り込んでくる。


春たちてまだ九日の野山かな             芭蕉



山ねむる山のふもとに 海ねむる かなしき春の 国を旅ゆく 若山牧水
  青春を詠んだ。だから、暗い。



漣(サザナミ)の上に残れる氷かな          綾部仁喜

釣釜や一客一亭春の昼                元屋奈那子
 茶の湯、茶室

水鳥の鴨の羽色の春山のおほつかなくも思ほゆるかも  笠女郎(カサノイラツメ)

つきながら紙風船のふくらみ来     井崎佳子(ケイコ)


残雪や釣竿矯(タ)めの火を熾(オコ)し   きくちつねこ


ぎしぎしと動き出したる雪解川        三上冬華


春愁のまぼろしにたつ仏かな         飯田蛇笏


豆撒の園児ら鬼になりたがる         西村妙子


縄梯子バグダッドの空に垂らされて炎(モ)ゆる人らが登りはじめむ  梅内
美華子


唐紙の白を離るる人の影            上野龍子


雪晴れのまま最澄の山に夜           丸山分水

太陽に愛され山の眠りけり           鈴木節子


後の世に逢はば二本の氷柱かな         大木あまり


くれなゐを冬の力として堪へし寒椿みな花をはりたり 馬場あき子

奥白根彼の世の雪をかがやかす         前田普羅

翁ゐて楮ならべる雪晒             伊藤敬子

すこしずつ移動しながら日向ぼこ        池田喜夫

飛雪 春風を帯び 裴徊(ハイカイ)して乱れて空を繞(メグ)る 劉方平



雪ふればキごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし 紀友則


若かりし叔父叔母三月十日の忌            染谷佳之子

春暁の太陽はまだ砂の中               佐々木とみ子

外にも出よ触るるばかりに春の月           中村汀女

蛇いでてすぐに女人に会ひにけり           橋本多佳子


麗しき春の七曜またはじまる             山口誓子

盗人にあって三井の飯を喰ひ             柳多留


少年や水切って飛ぶ春の石              島岡晨

ペンギンの姿をまねてふりあおぐただ見ることの空のまぶしさ  小林秀子

あなたなる遊行柳も芽吹きけむ            志城柏


麗けき大福餅のほとりかな              相生垣瓜人


ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも 上田三四二

ふらここの抱きとめられて代わりけり         百合山羽公


五陵の年少 金市の東
銀鞍 白馬 春風を度る(ワタル)          李白

不尽(フジ)の山れいろうとしてひさかたの
   天の一方におはしけるかも           北原白秋

黒潮を流れ来たりしさくら貝         神尾久美子

江の島で一日やとふ大職冠          柳多留

江ノ島の やや遠のける 九月かな      中原道夫

いたづらものや面影は身に添ひながら独り寝  閑吟集
   いたづらもの=役立たず



時鳥
ほととぎす鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞ残れる 後徳大寺左大臣
百人の中へ一声ほととぎす   柳多留


サラリーの語源を塩と知りしより 幾程かすがしく 過ぎし日日はや 島田修二

鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな 与謝野晶子

江山や 吹貫 一つ いと高し   鈴木花蓑

ひかりあふ 二つの山の 茂りかな   去来

思ふこと みなつきねとて 麻の葉を 切りに切りても はらへつるかな  和泉式部



風蘭の先や 蘇鉄の 八九本      曽良

肘の破れ 母の 籐椅子の 古りしまま   小川濤美子(ナミコ)


箒木(ははきぎ)に 影といふもの ありにけり   高浜虚子

情深くして 夏掛けの 薄さかな          橋本栄治

月かげや 夜も 水売る 日本橋          一茶 (冷や水:白玉を入れ、砂糖味)

月も月 立つ月ごとに 若きかな つくづく 老いをする わが身 何なるらむ    梁塵秘抄


筥崎(ハコザキ)の 松は奉行に さも似たり 直(スグ)なと みれど ゆがまぬはなし    豊臣秀吉

滑走路 まもる 無数の 秋灯(アキトモシ)     渋谷道

星 振り頻る(シキル) 只中に 地球あり      杉田菜穂

宝石に 涼しき 光 ありにけり           小笠原玲子

蜩(ヒグラシ)と いふ 名の 裏山を いつも持つ  安東次男

蠅叩き さがしゐる 吾を 蠅が見る         浪川謙吾

夏の渦 こおろこおろと 神の鉾           迫口あき

おしなべて 物を おもはぬ 人にさえ 心をつくる 秋のはつ風 西行

あかあかと 日は 難面(ツレナク)も 秋の風    芭蕉

香具山と 耳梨山と あひし時 立ちて見に来し 印南 国原 天智天皇

被爆地に隣る 如己堂 小さくて 童女カヤノは 父と住みにき 山村湖四郎

百歳の 父が 宰領 魂迎(タマムカエ)        豊島槇生

流燈(リュウトウ)の とまどひゆける 一つあり    廣居信一

片瀬より 腰越とをる 旅 虱 懐島に宿をとるらん  新撰狂歌集

天井の 竜 動き出す 大署かな           下川富士子

両親の 四つの腕(カイナ)に 七人(ナナタリ)の子を かきいだき 坂道のぼるも    伊藤左千夫

踊りけり かつて 焼き尽くされし 地に       小沢痲結(マユ)

露は 今夜 従り(ヨリ) 白く
月は 是れ(コレ) 故郷のごとく 明らかなり    杜甫

弥陀の御顔は 秋の月 青蓮(ショウレン)の眼は 夏の池
四十の歯ぐきは 冬の雪 三十二相 春の花     梁塵秘抄


風蘭の先や 蘇鉄の八九本             曽良

ながめつつ 思ふも寂し ひさかたの 月の都の 明け方の空  藤原家隆


ただ 人には馴れまじものじゃ 馴れての後に 離(カ)るるるるるるるるが 大事ぢやるもの    閑吟集

よきところ 一つある人は 稀なるを さな 求めそと いはしき わが父  窪田空穂


秋の蜂 脱ぎたる靴に 入りてゐし      右城墓石

水 澄みて 金閣の金 さしにけり      阿波野青畝

秋の夜の ほがらほがらと 天のはら てる月かげに 雁なきわたる 賀茂真淵   朗ら朗ら

親と居て よく啼く方が 子の 烏      宇沢圭作

秋晴に 山 どっかりと ひとつづき     中村鈍石


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